小説のようなもの

 フロッピーを整理していたら、以前「小説現代推理小説新人賞」に応募するために書いていた、未完の推理小説を見つけました。書き終えていないので、自分でもこれはどのような事件が起きてどんなトリックを仕掛けるか、というのがわかりません。というかすっかり忘れてしまいました。恐らくは2〜3年ぐらい前に書いて奴だと思います。ネタもないので、以下、一部引用。
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 M館。それは、Y県の山奥にひっそりと佇んでいた。その館の主は、山代良子。もう五十四になる。夫を亡くして以来、このM館で暮らしている。M館はもともと別荘として使っていたものだった。今日は二人の子供、和美と隆也も館に訪れていた。館は西洋風の二階建てで、その後ろには入り込んだら戻ってくることはできないだろう、と思わせる黒々とした森が佇んでいる。夜には月と相俟って、幻想的な雰囲気を醸し出す。良子はここがとても気に入っていた。付け加えておくと、彼女は電話嫌いなのでお約束の如く、この館には電話は置いていない。無論、携帯電話の電波も届かない圏外である。
 さて、今夜はこのM館でクリスマスパーティーが開かれる。集まったメンバーは、和美、隆也、執事の藤枝の他に、良子のボーイフレンドの田中聡、その友人、青山信二と彼の恋人の小川歩美、そして――結城健太である。結城は良子の高校時代の同級生なのだ。しかも、恋心を抱いた。だから、良子の心は揺れていた。彼が妻子持ちなのはわかってはいたが、今の彼女にとっては、「だからなんなんだ」の気持ちであった。彼は一昨日から館に訪れていて、実をいうと二人は昨日、夜を共にしていた。結城を彼の妻から奪い取ってやりたい気持ちに、良子は駆られていた。外には雪が降り始めている。M館の周りには人家は見当たらず、その代わりに広々とした荒野が広がっている。黒く染まった空に、ザザザザ……という音をたてつつ風が通り過ぎて行く。館に灯が灯り、雪がさらに勢いよく舞う。そんな景色に見守られたこの館で殺人事件が勃発する――。
 二階の、館をちょうど真正面から見て一番右にある部屋のベッドに、良子の長男、山代隆也は仰向けに倒れていた。といっても、死んでいるわけではない。「ふわ〜あ」大きく口を開けて欠伸をすると、枕の横に置いてある文庫本を手に取った。彼はそれをペラペラと何ページかめくると、「姉貴の奴、よくこんな小難しい本、好んで読むよなあ……俺には理解できねーよ」本の内容も、姉の考えも、隆也には到底理解することはできなかった。刈り上げの一歩手前、と言った感じの髪をボリボリと掻きながら彼は立ち上がった。一重の瞳が眠そうに瞬きをする。スリッパを穿いて一階にあるリビングへと歩き出した。そろそろ夕食の時間のはずである。藤枝の料理は一流のコックにも劣らないもので、それは朝食と昼食で隆也も確認済みだった。重い足取りで階段を降りていると、執事の藤枝が料理を運んでいるのが眼に入った。声をかける。
「藤枝さん」と言うと、藤枝は振り返って、「ああ、お坊ちゃま。どうされました?」「その『お坊ちゃま』は、やめて下さい、って言ったじゃないですか」隆也はそう言って笑った。前に藤枝と会った時に注意していたのだが、すっかり忘れていたようだ。と言っても、親元を離れて一人暮らしをしているので、館に来ることなど滅多にないから大したことではないのだが。執事は、ああ、そうでした、と微笑した。「もう食事の用意は出来てるんですか?」「いえ、あと五分ほどで……」「ああ、そうですか」隆也は頷いて、「じゃあ、座って待ってますね。部屋にいても暇なだけですから」「承知いたしました」という藤枝の声を背中に受けながら、彼はリビングに入る。部屋の真中に置かれたテーブルには、これから豪勢なディナーが盛られるであろう皿と、グラス、ナイフ、フォークなどが並べられていた。それらが、シャンデリアから放たれる光を受けて反射していた。「どっこいしょ」彼は席につく。ふと視線を壁時計に移す。時刻は、午後七時半であった。